2009年01月06日

攻撃することが、防御の手段に

攻撃することが、防御の手段になってしまっている。
相手を傷つけることで、自分を守ろうとしている。

あなたが握っているナイフが、ナイフだと気づくのは
いつなのだろう。
あなたが握っているナイフについている血が、血だと気づくのは
いつなのだろう。
あなたが傷つけている人が、人だと気づくのは
いつなのだろう。

あなたがいつか愛した世界が、いつか愛するであろう世界が、
ここに繋がっていると気づくのは

一体いつのことなのだろう。


人をナイフで傷つけて、血を見るあなたの内側に
さみしいさみしいといって駄々をこねる子どもがいる。

ナイフを下ろした瞬間に、内側からさみしさに侵食されるから
あなたはナイフを下ろせずにいる。

あなたはまるで、自分が死なないように、相手を殺しているかのようだ。

誰が教えるのだろう、どうやって学ぶのだろう。

さみしさに耐えることで、私たちの自由が開けるということに。
さみしさに耐えることで、この手で人の心に訴えるものを創り上げられるということに。
さみしさに耐えることで、あなたと真に触れ合えるということに。

そのナイフから、花を咲かせよう。下手なマジックみたいに。
そうして束ねて、あなたに届けよう。下手なラブレターみたいに。

さみしくて無力な人同士として、この約束された地で出会おう。
posted by ホワイトビア at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 文章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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