2006年06月03日

インサイダー取引と車椅子

「ニュース」カテゴリを作成してみました。
目にとまったニュースから、思ったことを書いてみたいと思います。
次回がいつになるかは、全くもって未定です。
今までの「素足にパンプス」とは雰囲気が違う記事になるので
別ブログを立ち上げようかとも思ったのですが
続ける自信もないので(笑)、とりあえずここで書きます。
ニュースになっている内容そのものに対する意見というよりも
そこから私が勝手に連想したことを書くことになると思います。
私がそういう思考をする人間なので…。

○「インサイダー取引」
「村上ファンド」によるニッポン放送株の不正売買疑惑で、東京地検特捜部は、村上世彰氏(46)ら同ファンド幹部を証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で立件する方向で検討に入った。

 特捜部は、「ライブドアがニッポン放送株を買い占める」という情報を村上ファンド側が事前に得た上で、同株を買い進めていた可能性が高いと判断しており、週明けにも最高検など上級庁と最終協議する見通しだ。

 ライブドアは2005年2月8日までに、ニッポン放送株の買い占めを行い、同日、発行済み株式の35%超を取得したと発表。これに対し、村上ファンドは04年10月から05年1月までの間に同株を集中的に買い進め、同株の大半を2月末までに売却した。
(読売新聞) - 6月3日3時6分更新


株取引で、ひとつ儲けようって人や企業が、今目立っています。
裏でこそこそ情報を流して、石鹸を泡立てるように株価をつり上げ
莫大な利益を手中にする。
私の感じることはふたつ。

ひとつは、お金を動かすときの摩擦で生まれる利益は、幻にすぎないのではないかということ。
もうひとつは、法の網の目をかいくぐっているか、引っかかってしまっているかによって評価が決定するというのはいかがなものか、ということ。

ひとつめについて。
これって考えていくと、物々交換から貨幣が生まれたときのことまで思いが飛んでしまうのだけど。そこまでは、いいとして。
自らはモノを生産することなく
お金をあっちからこっち、こっちからあっちに動かして
そんな世界の隙間からこぼれるお金をすくうのって
すでに貨幣取引の枠からはみ出してしまっていると感じるのですが
実際のところ、どうなのでしょう。
経済について詳しい友達が欲しくなります。

ふたつめについて。
自分の行動の規準、善悪の規準、評価の規準。
それらが、「法律に抵触するかどうか」という一点に集中するのは怖いなと。
でも、この頃はそんなバラエティ番組が流行っているような気がします。
私の心としてどう思うのか?ではなくて
法律として白なのか黒なのか?経済として得なのか損なのか?
っていう考え方が、無節操にメディアから垂れ流されている。
今、ウケればいい。今、利潤が上がればいい。っていう考えのメディアが
そんな価値観に支配された番組を作って流してるわけです。
視聴率がどうだったところで、見た人間が何を感じたかには興味がない。
数字が増えればいい。金が増えればいいのだから。

○車椅子
教諭送検:「キャバクラ行きたかった」勤務先から現金盗む
 勤務先の学校に忍び込んで現金計約70万円を盗んだとして、大阪府警富田林署は2日、同府河南町の町立中学校の男性教諭(47)=休職中=を窃盗と建造物侵入の両容疑で書類送検した。教諭は「大阪市北区のキャバクラに行く金が欲しかった。お気に入りの子に会いたかった」と容疑を認めている。

 調べでは、教諭は昨年12月3日夕、校長室の金庫に保管してあった同校のバザー売上金約48万円を盗み、今年1月4日夕にも、職員室の教頭の机の引き出しに保管してあったクラブ活動費約22万円を盗んだ疑い。

 両日とも学校は休みだったが、教諭はセキュリティーシステムを解除して校内に侵入。職員室のかぎ箱から教頭の机のかぎを取り出して、机を開錠した。校長室の金庫のかぎも教頭の机から取り出して、開けていた。

 バザー売上金は、生徒らがバングラデシュなどの国に車いすを贈るために集めたものだったという。【隅俊之】
毎日新聞 2006年6月3日 9時54分


これもまた、すごいことになってます。
この教諭については、ほとんどどーでもいいです。
私が引っかかったのは、「バザーの売り上げでバングラデシュに車いすを送る」という教育センスです。
これはいったい、何が言いたいのか?
子どもたちに学ばせたいことはなんなのか?
「裕福な国に生まれた僕たちは、貧しい国の人達に、贈り物をしましょう。だって僕たちは幸せで、あの人達は不幸だから、僕たちの幸せを分けてあげるのが、道徳心というものだから」
そんなところか?
大きなお世話である。
車いすなんか、見たこともないまま何千年も生きてきたのである。
そこに、わずかな車いすを流入させて、その車いすを手に入れられた人と、手に入れられなかった人との格差を生み出そうっていう、魂胆でもあるんでしょうか。
少しは想像力を働かせることを子どもに教えろっての。
「いいことしました、ばんざい、ハイおわり」

文化と文明を混同しているのである。
「持てる国」が文明の利器を「持たざる国」に巻き散らかしてるだけ。
ほとんど「不幸を巻き散らかしてる」と同義だ。
この教育センスのベースには、
目に見えるもの、腹を満たすもの、金になるもの、
多いということ、増えるということ、便利ということ
が人間を豊かにするという価値観が流れている。
それを実現させるのは、文明である。
そういう意味での「豊かさ」を人類に平等にもたらそう、という。

私は、異国の人達と交換すべき、交流すべきは「文化」であると思う。
車いすをいくつか持っていくよりも
折り紙を持っていって、一緒に鶴でも折ったほうが豊かだ。
剣道、茶道、俳句、なんだっていい、日本の伝統とか風土が生み出した
文化を誇りを持って紹介できるような日本人になれたら。
そして、バングラデシュの文化も見させてもらって、感じ取れる日本人になれたら。

文明は文化を食い尽くす、と思う。
そのことを自覚していなければ、あっという間に。
戦後のたった60年、戦前から兆しがあったとしても100年弱。
たったそれだけの時間で、いとも簡単に文化は死んでしまえる。
文化は生きたものである、ということでもある。
文明は、死なないだろう。
一度開発された便利なもの、車いす、武器、電気、それらは失われない。
ほとんど永遠と思える時間、存在するだろう。
永遠に存在するものが真である、と人は思いたがるのかもしれない。
だから文明をもてはやすのかもしれない。
生きていて、大切にして、語り継がねば廃れてしまうものにも価値は宿るというのに。


○あとがき
文章量が多くなってしまいました。
長い文、しかも強引な私見を最後まで読んでくださってありがとうございます。
読んでいただけただけでとても嬉しい。
もう少し我侭を言えば、あなたがどう感じるのかを聞かせてもらえたら、もっと嬉しいです。
posted by ホワイトビア at 12:48| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ビアちゃの視点から見えるニュースもなんか切り口が新鮮でおもしろい。

とくに経済は絡んでいる人なんでなんともいえないけれど・・(おいおい
車いすは、どっちかっていうと商品よりもつくる技術を輸出して欲しいものだよね。
企業に対して学校の生徒側から署名活動とかのが健全に思えたわ。
文化が文化をくいつくす。
もし、古代ローマの文化が生き残りそのまま発展してきたなら、今のぼくらはどう生活しているんだろうね。
もしかしたら、もっと近未来的になっているのかも@@
Posted by くr at 2006年06月05日 13:51
コメントさんきゅーです!
切り口新鮮っすか。自分としては普通です。当たり前か。

文化にしろ文明にしろ、それらが生まれるに至った風土や経緯があるわけで
そういうのを無視してポンと、モノだけ輸入してきても
その土地に根付くどころか、その土地に元からあった文化を殺してしまいかねない、と思う。
ブラックバス(だっけ?)が外から放たれて
爆発的に繁殖して、元の生態系を壊すみたいに。

現代は交通がかなり発達して
海も空も、簡単に越えられるようになった。
文明の発達した地域のモノが、地球上に配布され始めてる。
しかも正義や慈善の名のもとにね。
「世界の警察(=米)」の実態は、世界の破壊者なのかもしれないのに
そのことに対して無自覚に、無反省に、無批判にね。

ローマの文明かぁ。
ロマンチックな生活かもよ(なぜ
Posted by ホワイトビア at 2006年06月05日 21:11
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/18777573

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。